特集

ミスソフィア出場から10年、田中陽南さん アナウンサーから気象と防災を伝える人へ

気象予報士・防災士の田中陽南さん

 

2016(平成28)年、上智大学で行われた「ミスソフィアコンテスト」に出場し、準グランプリに選ばれた田中陽南さん。当時大学2年生だった田中さんを、赤坂経済新聞は同年11月に取材しました。

田中さんは大学卒業後、TOKYO MXにキャスターとして入社し、報道や気象、防災に関する取材などを経験。今年7月に同局を退社し、現在は気象会社「ウェザーマップ」に所属しています。これまで続けてきたキャスターの仕事に加え、気象予報士、防災士としても活動し、来春からは東京大学大学院に進学する予定です。10年前から現在までの歩みと、これからについて聞きました。

 
今年8月から気象会社「ウェザーマップ」に所属


中学生からの夢だったアナウンサーに

 
ミスコンの活動をする、当時上智大学2年生だった田中さん

 

――赤坂経済新聞が初めて田中さんを取材したのが2016(平成28)年でした。当時はどんな大学生でしたか?

大学生活を楽しみながら、いろいろなことに挑戦していました。ダンスサークルに入っていて、ミスコンでもダンスを披露しました。やりたいことがたくさんあって、興味を持ったことには積極的に取り組んでいた時期だったと思います。

ミスコンが終わった後は、本格的にテレビ局で仕事をしたい、アナウンサーとして活動したいと思うようになって、学生キャスターに応募したり、学生記者として企業を取材して記事を書いたりしていました。中学生のころからアナウンサーになりたいと思っていたので、就職活動ではかなりアナウンサー一本でした。

 
ミスソフィアコンテストではダンスを披露

 

――当時思い描いていた「アナウンサー」と、実際になってみて違いはありましたか?

学生のころは、スタジオで話したり、中継をしたりする「しゃべる仕事」というイメージが強かったんです。でも実際には、自分で現場に行って取材をして、原稿を書いて、編集にも立ち会う。現場で見たものを自分の言葉にして伝える仕事なんだと知りました。

TOKYO MXでは、報道番組を担当しながら、警視庁や東京都庁などの取材にも行きました。一本のニュースがどう作られていくのかを基礎から経験できたことは、すごく勉強になりました。

 
2016年のミスソフィアコンテストで準グランプリを獲得


東日本大震災が、アナウンサーを目指すきっかけに

 
福島県内を取材したときの様子


――防災に関心を持った原点はどこにあるのでしょうか?

実は「東日本大震災」なんです。当時は中学2年生で、大阪に住んでいました。修了式を終えた後、友達と遊んでいる時に地震が起きましたが、揺れはほとんど感じませんでした。

その後、親から「大変なことになっているから帰ってきなさい」と連絡があり、家に帰ってテレビを見て、初めて津波や街の被害を知りました。「本当にこれが日本で起きているの?」という衝撃がありました。

その時、現地からリポートしたり、被災した方の声を聞いて伝えたりするアナウンサーの姿を見て、「こんな仕事があるんだ」と感じました。それがアナウンサーを目指した大きなきっかけです。

 

――TOKYO MXに入社してから、防災についてはどのような取材をしてきましたか?


能登半島地震の被災地を取材した際の様子

 

入社2年目くらいの時に、「東北を取材したい」と自分で企画を出しました。それから毎年3月に、東北のさまざまな地域を取材するようになりました。

実際に現地へ行ってみると、福島、宮城、岩手でも被害や復興の状況は全く違いますし、同じ県の中でも沿岸部と内陸部では違います。「東北」という一つの言葉でまとめてしまうことはできないんだと感じました。

東京にいるとなかなか見えないことを、現地に行って知り、それを伝えていく。そうした経験を重ねる中で、防災は自分が継続して取り組むテーマの一つになっていきました。


令和元年東日本台風の取材をきっかけに、気象予報士へ

 
2024年に福島県を再訪した際の様子

 

――気象予報士を目指したきっかけは何かありますか?

入社1年目に、令和元年東日本台風の取材であきる野市を訪れた経験が、きっかけの一つです。秋川から水があふれ、浸水被害があった地域でした。家や家具には大きな被害が出ていましたが、住民の方たちは事前に避難していて、人的被害を免れたと聞きました。

そこで、「気象災害は、正しい情報が伝わって、きちんと行動できれば守れる命があるんだ」と感じました。地震のように予測が難しい災害もありますが、台風や大雨のようにある程度予測できるものもあります。だったら、きちんと知識を持って伝えられる人になりたいと思いました。

そして2020年ごろから勉強を始め、2023年に気象予報士の資格を取得しました。防災士は、翌年の2024年に取得しました。


7年半勤めた局を離れ、気象の世界へ


「奇跡の一本松」が残る岩手・陸前高田市を取材

 

――今年7月にTOKYO MXを退社しました。どのような思いがあったのでしょうか?

気象予報士の資格を取ったことが大きかったです。番組の中で実際に予報業務を担当するようになって、気象は過去のデータや事例を知れば知るほど、伝えられることが増えていく分野だと感じました。

一方で、一人で予報していると「これはどう考えたらいいんだろう」「もっとこう伝えられたのでは」と思うこともありました。もう少し気象について学びながら仕事ができる環境に身を置きたいという思いが強くなり、退社を決めました。

現在はウェザーマップに所属しています。気象予報士として、天気を伝えるだけではなく、「次に何をすればいいのか」「何を備えておけばいいのか」が分かる情報を届けたいです。被害に遭わないための行動につながる情報を伝えられる予報士になりたいと思っています。


SNSで毎日「30秒天気」を発信

 
Instagramで発信する「30秒天気」(本人Instagramより)

 

――Instagramでは「30秒天気」も発信していますね。

もともとは、雨が降りそうな日や急に寒くなる日に、気まぐれで「明日は傘を持っていった方がいいですよ」「明日はこのくらいの上着がいいですよ」とストーリーズに投稿していました。

そうすると、会った人から「言ってくれたから傘を持っていった」「寒いって言っていたからこの上着を着てきた」と言ってもらうことが増えたんです。

テレビの天気予報ももちろん大切ですが、SNSでいつでも見られて、ぱっと目に入る情報も意外と役に立つのかもしれないと思いました。

意識しているのは、「25度です」と数字だけを伝えるのではなく、「今日より寒い」「昨日より雨が長く降る」といった、体感で分かる言葉に置き換えることです。気温だけでなく、風や湿度によって感じ方も変わるので、できるだけ生活につながる言葉で伝えたいと思っています。


東京大学大学院へ進学、「聴覚障害と災害」を研究へ


東京大学大学院への進学を報告(本人Instagramより)

 

――来春から東京大学大学院に進学します。進学しようと思ったきっかけは何かありますか?

ここ数年、デフリンピックに向けて、聴覚障害のあるアスリートや当事者の方々を取材してきました。その中で防災について話を聞くと、「聞こえないこと」が災害時には大きな障害になり得ると感じたんです。

例えば津波警報を防災行政無線で知る人もいます。でも、聞こえない人はその情報を得ることが難しい。災害情報がどう伝わるのか、どうすれば必要な人に届くのかを、もっと深く考えたいと思いました。

テレビ取材には、今起きていることを素早く伝えられる良さがあります。一方で、一つのテーマを長い時間をかけて掘り下げて、背景にある問題まで考えるには、研究という方法もあるのではないかと思いました。

大学院では社会学、特にメディア社会学の分野で、災害時の情報伝達について研究したいと思っています。


全国一律ではなく、その街に必要な「地域知」を

 
岩手県で語り部活動をする女性を取材

 

――防災と「地域を知ること」には、どのようなつながりがあると考えていますか?

能登半島地震を取材した時にも感じましたが、災害は起きる場所によって必要な対策が全く違います。

陸前高田を訪れた時には、過去の津波がどこまで来たのかを示す石碑や記録が残っていました。大きな災害は「初めて起きた」と感じていても、実は過去にも同じ地域で起きていることがあります。

過去にはここまで津波が来た、ここまで逃げれば助かった。そういう知識を地域の中に蓄積しておけば、新しくその街に生まれた人や、新しく住み始めた人を守ることにもつながります。

全国一律の知識だけではなく、その地域に必要な知識を「地域知」として残していくことが大切だと思っています。


赤坂は「ご飯を食べに来る街」

 
赤坂を東西に走る「赤坂通り」

 

――ウェザーマップも赤坂にあります。田中さんにとって赤坂はどんな街ですか?

まずは「ご飯を食べに来る街」です(笑)。TOKYO MXが半蔵門・麹町にあるので、仕事終わりにご飯を食べたり飲みに行ったりするとなると赤坂に来ることが多くて、多い時には週2~3回来ていました。この7年くらい、赤坂の飲食店にはかなり通っています。

一方で、赤坂には長い歴史や文化がありますよね。芸妓さんや料亭など、存在は知っていても、これまで触れる機会がありませんでした。少し入りづらそう、簡単には踏み込めなさそうと思っていた部分もありますが、これから少しずつ知っていきたいです。

赤坂には「大人の街」「政治家の街」というイメージを持っていて、少し入りづらいと感じている人もいると思います。そういう人にも街の魅力を伝えたいですし、外国から来た方にも、赤坂の魅力や防災について発信できたらいいなと思っています。


これからも、「伝える」ことを専門に


今後の活動について語る田中さん

 

――これから先、どんなことに取り組んでいきたいですか?

大きくは変わらず、防災や、聞こえない人をはじめとした情報を受け取りづらい人にどう伝えていくのかということに、もっと専門的に取り組んでいきたいです。

専門性を持って、「こうした方がいいですよ」ときちんと言える人になりたい。それと、街の「地域知」を作っていくような活動も、もっと進められていたらいいなと思います。


<プロフィール>
田中陽南(たなか・ひな)
1996年生まれ。大阪府出身。上智大学文学部国文学科卒業。在学中の2016年、「ミスソフィアコンテスト」で準グランプリに選ばれる。大学卒業後、TOKYO MXにキャスターとして入社。報道番組などを担当し、東北各地や能登半島地震の被災地などを取材。2023年に気象予報士、2024年に防災士の資格を取得。2026年7月にTOKYO MXを退社し、現在は気象会社「ウェザーマップ」に所属。キャスター、気象予報士、防災士として活動している。来春から東京大学大学院に進学予定。

田中陽南さん Instagram
@tanaka.hina_mx


<参考記事>
2016年の「ミスソフィアコンテスト」出場時の田中陽南さん

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