被爆から80年以上が経過し、被爆者から直接体験を聞くことのできる機会が少なくなるなか、被爆の記憶を次の世代へどのように継承していくかが課題となっています。
全国大学生活協同組合連合会では「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」との連携のもと、全国各地の学生が被爆の実相と被爆者運動について学び、それぞれの地域で何ができるのかを考える学習交流会を開催しました。

交流会では、被爆体験を学び、自分たちに何ができるかを考え、行動宣言に結びつけました
なぜ大学生協が「被爆体験の継承」に取り組むのか
大学生協では、学生が社会的課題について学び、考え、行動する活動に長く取り組んできました。今回の交流会も、被爆者の証言や運動の歴史を「知る」ことにとどまらず、学生自身が受け止め、それぞれの地域や大学で次の世代へ伝えていくことを目的としています。
企画担当者の西谷颯太さんは次のように今回の企画意図を語っています。
日本被団協のノーベル平和賞受賞をきっかけに、その存在を知る学生は少しずつ増えています。しかし、被爆者の皆様がどのような思いで語り続け、核兵器のない平和な社会の実現に向けて行動してきたのかに触れる機会は、決して多くありません。
そこで、ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会と全国の大学生協が連携し、被爆者の皆様の想いをどのように受け継いでいくのかを全国の学生とともに考え、行動を始めるきっかけとなる交流会を目指して企画しました。
全国大学生協連とノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会は、2026年5月、「原爆体験の記憶遺産を未来へつなぐ連携協定」を締結しました。
この協定では、被爆者の証言や日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の70年にわたる運動の歴史を「記憶遺産」として保存・継承するとともに、学生をはじめとする若い世代が平和や人権について主体的に学び、行動する機会をつくることを目指しています。
協定全文はこちらをご覧ください
被爆の記憶を「知る・触れる・聞く」
ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会の活動紹介
ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会事務局次長の平井様より、継承する会がどのような会なのか、普段どのような活動を行っているのか、についてお話いただきました。
人類史的な遺産とも言える被爆者の証言をWeb上で公開する「デジタル・アーカイブス」や、原爆展をオンラインミュージアムとして開設した「NO MORE HIROSHIMA&NAGASAKI MUSEUM」など、学生が継承活動に取り組む際に活用することのできる資料・サイトなども含め、ご紹介いただきました。

ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会 事務局次長平井様の講演
日本被団協結成70年のあゆみ展見学および資料の閲覧
大学生協杉並会館1階ロビーにて開催している、「日本被団協結成70年のあゆみ展」の見学を行いました。継承する会の平井様、栗原様にガイドしていただきながら、結成してからの70年間、日本被団協がどのような想いでどのような運動を続けてこられたのか、展示の見学を通して学ぶ機会となりました。
また、継承する会の所蔵する資料の閲覧も実施しました。

「日本被団協結成70年のあゆみ展」の見学
継承する会の所蔵する資料の閲覧
日本被団協事務局長 濱住治郎様のご講演
ご講演では、お父様の死や胎内被爆の経験、原爆小頭症「きのこ会」の活動紹介などを通して、原爆が「その人」「あの日」だけでなく、その後の家族や人生にも影響を残し続けていることを伝えてくださいました。
また、継承活動について、被爆者の声や歴史を知り、それをただ継承するだけではなく、そこから「どんな社会を実現したいのか」「自分は何をしたいのか」を一人ひとりが考え、行動することが大切ということを語ってくださいました。
「原爆被爆者の基本要求」については、単に原爆によって受けた生命や財産への被害について補償を求めるものではなく、再び被爆者をつくらない・核兵器をゼロに・戦争によって生じた被害に対する国の責任を問うといった被爆者の願いが込められていることをお伝えいただきました。

右はご自身の被爆体験や被爆者運動の意義を語る濱住事務局長 左は交流会を企画した西谷颯太さん
あの日だけでない今にも続く原爆被害の苦痛、核兵器廃絶への想いを力強く語って頂きました
参加した学生の感想(感想文より抜粋)
・「原爆は悪魔の兵器」 という言葉がとても印象に残りました。悪魔という表現をした意味は、本人の未来だけでなく、家族も苦しめる兵器だから、そして今も続いている被爆者とその家族が抱える苦しみや不安を与えるものだからだと分かりました。核兵器を無くすためにも、まずは、知り学び、そして行動へとつなげていこうと強く思いました。
・「あの日」の話というのは学校でも学ぶことがありますし、比較的見聞きすることが多いのですが、それ以降の生活については実際に詳しくないので、今回のお話を聞けてよかったです。「家族」の話は印象に残っており、父が亡くなったことを実感させられる、たくさんの人数で家族のように過ごした、お兄さんが小頭症だけれど原爆の影響と分かるのは遅かったなどなど、「あの日」の本人だけでなく、以降の周囲の人間にも大きな影響を与えることになるというのは今回初めて想像してみた視点でした。
・「いまだ世界に1万2000発もの核兵器があり、被爆者はそれがゼロにならないと安心できない」というお言葉を聞いて、1万2000を0にするというのは、果てしないことなのではないかと、恥ずかしながらそのとき初めて実感しました。私はまだ被爆者の方々の苦しみをまったく想像できていなかったと思い知らされました。核兵器がゼロの世界を目指すために、私たちが被爆者の方々の声に耳を傾け、自分の頭と心で考えることが、日本人として、人類としての責任だと痛感します。そして、『被爆者からあなたへ』の執筆にあたり記憶がなくなる拒否反応があったことにも衝撃を受けました。大きな苦労をされながらも被爆者の想いとして形に残してくださったことを、私たちは決して無駄にしてはいけないと思います。
・「若い世代に期待している」というお話が、とても心に残りました。
被爆者の方が少なくなっていく中で、これからは私たちの世代が、受け取った記憶や思いをどう次につないでいくかが本当に大切なんだと感じました。ただ、被爆者の方の言葉をそのまま覚えて伝えるだけでは、本当の意味での継承にはならないとも思いました。自分自身がその話を受け止めて、「なぜこの人はこの言葉を残したのか」「自分はそこから何を感じたのか」を考えて、自分の言葉で語り直していくことが必要なんだと思います。特に、被爆者の方がいなくなることで「証言がなくなる」のではなく、私たちが受け取って語り継ぐことで、その記憶を未来につなぐことができるということに、大きな責任と希望の両方を感じました。今回のお話を聞いて、自分も「聞いた側」で終わるのではなく、「次に伝える側」にならないといけないんだと強く感じました。
「私たちは何ができるか」を学生同士で考える
各地域ブロックでどんな活動をするかについて、具体的なアイデアが生まれました。
「地域の被爆者団体について、会員生協の学生委員の皆さんに知らせる」(東北ブロック)
「オンラインセミナーで被爆者講話を聴く機会をつくる」(中国四国ブロック)
「対面セミナーで、日本被団協やノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会の想い・存在を拡げる機会を設け、平和の入り口を拡げる」(九州ブロック)
また、グループワークを通じてさらにアイデアを出し合いました。いくつか抜粋して掲載します。
- 大学生協が平和に取り組む意義を改めて考え、組合員に伝える
- 各ブロックの社会的課題委員会で日本被団協の歩みや被爆者運動について取り上げて継承活動について考え、会員生協を通じて各大学の組合員にまで拡げる
- Peace Now!など既存の取り組みを、全国の大学生協の中でもっと広げる(学生委員以外の組合員も主体的に参加ができるように)
- 組合員が「平和」について考えられる機会を、各大学の書籍部でのブックフェアや食堂など学生が集まる場での展示などを通じて提供する

グループワークの時間





最後に全員で記念撮影