特集

赤坂は「ベルギービール」の激戦区
その魅力と拡大の訳とは……?(前編)

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赤坂初、日本で2番目のベルギービール専門店-『ボア・セレスト

 
 赤坂に初めてオープンしたレストラン・バー『ボア・セレスト』。代表・山田正春さんは、40年以上のキャリアとなるピアニストとしての仕事で、初めてベルギーに行った際ベルギービールに出会った。「形状の違うグラスに注がれた、味も香りも色も違う液体なのに、誰に聞いてもビールと答えるんです。日本に帰ってきて、その面白さを紹介したいと漠然とした思いがあり、1988年に店を始めました。当時、業界で知られていたベルギービールは『シメイ』、『ステラ・アルトワ』、『ベカス』の3銘柄くらい。その後、大手酒造会社の小西酒造が5銘柄輸入し、そこからベルギービール市場が安定してきました。みなさんもご存じの『ヒューガルデン』は、そのうちの一つです。お客さんの層もこの20数年で大きく変わりました。当初はバブルの全盛期で、近くの商社の方が遅くまで働いて午前0時からがピーク。ネクタイをしていない人が珍しかった」(山田さん)

 ベルギービールの中には国産ビールが苦手な女性でもカクテル感覚で飲めるものがある。シェリーとシャンパンを合わせたような味わいの『ランビック』は、クリークやフランボワーズ、カシス、バナナ、アプリコットなど風味のバリエーションが無数にある。
 「『ブロンシュ・ドゥ・ナミュール』も『セゾン・レガル』も軽やかな夏ビールですが、火を通した魚介類や軽い味付けの野菜と、また食前としておすすめです。一方『ランビック』は香りも強いので単品で飲むのがベストだと思います。『セゾン・レガル』のラベルには鶏の絵がありますよね。これはもともと夏の農作業のとき、のどの渇きを癒すために農家が作ったビールだからなんです。日本でいう麦茶のようなもの。夏の忙しい時期はヨーロッパ中どこでもそうですが、季節労働者の需要が高かった。そのため、労働者を雇う際に「うちは1日何杯与えます」と農家同士が競ったといわれています。1日8リットルという農家もあったとか。農家が作ったビールというのは真実ですが、後日談はただの伝説かもしれません。その1%の真実と99%ウソの伝説が面白いところです」。

 ベルギーでは新しい瓶の購入に高い税金がかかるため、多くのメーカーが専用の洗浄機で洗って再利用している。そのため大まかな形状が統一されており、法律で決まっているのは容量のみ。上面発酵のベルギービールの多くは、ワインと同じく瓶熟で、賞味期限は長いがワインほど熟成は進まない。ある程度の経験や知識、技術がないと作れないベルギービールの発祥は、意外にもほとんどが修道院だと言われている。「気候上の理由で、ベルギーではおいしいブドウが育たないんです。フランスのようなワインが作れないんですね。そこで麦原料のビールが発展。その作り方を学ぶ場所が修道院でした。宗教施設であるほかに、職業訓練所や研究所でもあったので、修道僧は教養のある人が多かったはず」と山田さん。ヨーロッパでは水が危険な飲み物であり、日本のように新鮮な水に恵まれていないため、「安全な飲み物としてビールやワインが発展していったのでは」とも話す。また、歴史の長いベルギービールが、なかなか出回らない理由については、価格の高さを挙げる。同時に「バブルのときに支えてくれた人はもう定年。今後は若い人が来てくれないと、20年後どうなるかという心配もある。ベルギービールのよさをもう少し発信していかなければ」と時代の変化も痛感している。

親子二代に渡ってベルギーへ修行-『シェ・ミカワ

 
 『シェ・ミカワ』は、同店1階の割烹『三河家』の長男として生まれた社長が1987年に開業した洋食店。その後、息子で現取締役の堀込伸一さんが受け継いだ。「父は1964年に西洋料理研さんのためベルギーへ、僕も1995年~98年まで同じく留学していました。父は花柳界に馴染めなかったという理由で洋食の道を選んだのですが、オープン当初それほどベルギーには特化していませんでした」(堀込さん)。

 オープン当時、ベルギービールを扱っているお店は同店と『ボア・セレスト』のたった2軒。2000年頃からお店のHPを作ったのがきっかけで、ウェブで「ベルギービール」と検索すると『シェ・ミカワ』がヒットするようになったという。堀込さんは、「他店に比べると当店はベルギービールやベルギー料理が少し種類が少ないかもしれない」と話つつ、検索サイトでのカテゴライズができてから、ベルギービールの認知度が徐々に高まっていったのかもしれないと推測する。「お客さんの層は50代男性が一番多いです。確かにベルギービールはマニアックな世界。本当に好きな人は、何種類も飲んでみようとこだわる。最初は5種類から提供しはじめ、現在メニューにあるのは22種類。他店にくらべると当店はビールの種類が少ないかもしれませんが、メジャーな国産ビールより、個性的なベルギービールを飲んでみようというお客さんに好んでいただいています。女性グループの方は、いろいろ飲み比べたり、グラスやラベルを話題にして楽しんでいるようです」。

 味覚以外の楽しみ方として、視覚の工夫も忘れてはならない。日本ではあまり見かけないが、現地のコースターは裏にクイズが書かれているものも多いとか。飲む行為の周りで楽しみがあるのも特徴だ。店舗側にとっても、賞味期限が長く取り扱いやすいベルギービールは重宝されている。国産の賞味期限は約半年だが、ベルギービールは30年以上保つものや、瓶の中で時間をかけて二次発酵させるものも。保存がきくため、マニアックなビールを入荷して長期間売れなかったとしても、店側のデメリットにはならない。

 「濃色の『パトラッシュ』や『マルール12』はブラックペッパーが効いている自家製のパテと一緒に、フルーティな『シャポー・バナナ』はアルコール度数3%で飲みやすく、食前酒向き。基本的には飲み口の軽いものから順に飲むほうが舌に馴染みやすいと思います。僕も現地の若い人の集まりや集会所で、シロップを加えたカクテルのようなビールやレモネードで割ったものを飲んでいる若者をよく見かけました。コーラで割った『マズート』という飲み物は日本語で”重油”という意味で、ビールがコーラ色になるためそう呼ばれています。ちなみに『マルール』の意味は“不幸”。みんなで元気に不幸を飲んじゃえ!ということでしょう。当店のお客さんは、最後の締めにヒューガルデンなどのさっぱりしたものを飲む人が多いのですが、初めて来るお客さんにも分かりやすいよう、メニュー表は上から下へだんだん重くなるよう表記しています」。

 ひも解けばとても奥の深い世界のベルギービール。麦芽、ホップ、水、酵母のみを原料とするビール純粋令のあるドイツと違い、ベルギーのビールは色、味、香り、アルコール度数の多様性に富んでいる。実際には、ベルギー国内でもビール消費量の約7割は日本で主流のラガータイプだそう。「日本でベルギービールを謳うには、国産との差別化が重要なので、当店ではフレーバーがついているものなどあえてユニークなビールを提供しています」。赤坂にベルギービールを扱う店舗が増えいることについて、「他店でベルギービールの良さを知って、次はシェ・ミカワにも行ってみようかと思ってもらえればうれしい。ベルギービールをたしなむ、最初のステップとして赤坂に来てもらいたいです」(堀込さん)。

世界各国のビールが飲める専門店-『ビール&ダイニングレストラン カーニバル』

 
 「じつは、ベルギービールについてはまだ勉強中です」と話す高橋さん。20年以上前からバーテンダーとして都内のバーを転々とした後、神田のビアバーにて9年。昨年の10月、ビールを学ぶため現在の店に移ってきた。「店がオープンしたのは5年前。赤坂でベルギービールが流行っているのは、おそらく外国の方が多いからではないでしょうか。赤坂見附駅周辺なんかはアイリッシュパブも多い。男性はもちろん、最近では女性同士でベルギービールを飲みに来るお客さんも増えてきています。コア層は30代~40代前半。ビール好きの若い人もいますが、少々割高なので月2回くらいのペースで楽しんでいるようですよ」。


 アルコール度数が高いことでも知られるベルギービールは、日本のビールのようにゴクゴク飲むではなく、ゆっくりとよく味わって飲むのが理想的だ。「当店では『シメイ ブルー』が一番アルコール度数の高い銘柄。ベルギービールのアルコール度数は平均7~8%。飲めて3~4本程度だと思います。日本のようにホップや苦みが少なく、炭酸の強い飲み物ではないので、たいていは料理と一緒に味わえます。『サタン レッド』は、クセはないけれど多少の甘みと深みがある。まさにラベルのイメージとは逆。食前酒ではなく、煮物料理などをおすすめしています。アルコール度数は8%ですが、日本語で“悪魔”という字のごとく、酔う度合いがそれほど強いということでしょう。『トリベル・カルメリート』は小麦由来の白ビール。フルーティな甘さがあり、口当たりも優しくて飲みやすいです。スパイスやフルーツを使っているので、日本では発泡酒に位置づけされてしまいます。当店ではメニューに載っていない裏メニューをあくまでゲストビアとして提案もします。壁に掛けてある大型テレビでサッカーや野球の試合観戦もできるので、スポーツ好きのビール好きは応援しながら楽しんでいます(高橋さん)。

 ベルギーのヒューガルデンを筆頭に、『カーニバル』では各国40カ国のビールが飲める。数多い銘柄が並ぶ中、約6割の客はベルギービールを注文する。「こだわりはやっぱり世界のビールが飲めること。アメリカやイギリス、アジア、ヨーロッパなど、こんなに各国のビールが飲めるのはビール専門店ならでは。初心者の方には飲みやすさやクセなど、好みを聞きます。それによって提案する料理も変わってくるので。私も10年程前にビアバーで初めてヒューガルデンを飲んだとき、『えっ!?』と思いました。こんなビールがあるのか、と。それまで日本のビールに慣れていたので、最初ひと口飲んだときは正直あまりおいしいと思えなかった覚えがあります」と高橋さん。今後のベルギービールの行く末については、もっと多くの女性が好んで飲むようになるだろうと予想する。「当店でもここ最近女性のお客さんが目立ってきています。季節柄も関係するでしょうが、昔に比べて女性がお酒に強くなってきたのも要因だと思います。それに、10年前に比べるとビール専門店もどんどん開店し、インターネットで調べて実際に行くという人も増えた。ベルギービールのみならず、各国ともラベルがユニークなので、携帯電話で写真を撮ったり、それをブログやTwitterなどのウェブにアップしたり。中には瓶を持ち帰って記念にする人も。飲んだ後も楽しむという習慣が、ベルギービールの発展に一役買っているかもしれませんね」。

撮影/横井隼

後編に続く
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